平成27年度 光市戦没者追悼式参列

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僕が生まれ育った下松市と隣接する周南市、光市にはそれぞれ強い縁があります。

下松市は敢えて書くのも烏滸がましいですが、今年から市のふるさと大使を務めています。

そして周南市は、僕がUターンした後ビジネス及び社会活動で出向かない日は無い程です。

そして光市。実は幼い頃は一番関係性の深い街でした。今は亡き祖父が八幡製鉄(現新日鉄製鉄)に勤めており、

その祖父が亡くなった後も独りで住んでいた祖母のところへも遊びに行っていました。

本来の目的は母がピアノの先生で、毎週末母が教わった先生の元へピアノを習いに行っていたのですが・・・

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練習がとにかく嫌なんですよね。(ピアノを習った人の大抵は同じ感覚を持つと思いますが笑)

僕もろくに練習せず先生の元へ行っていました。今思えば本当に勿体無いと思っています・・・。

「ろくに練習しないでよくこれだけ弾けるねー。本気になったらかなりいい線行くんじゃない?」

と本気なのかおだてなのか分かりませんが、先生から良く言われていた事を今でも思い出します。

結局ピアノは小学校で辞めてしまいましたが、この光市には子供時代の記憶が沢山あります。

 

さて無駄話が多くなるので本題ですが、今日はその「光市戦没者追悼式」へ参列して参りました。

現在所属する「回天顕彰会」としての参列だったのですが、大変貴重な機会を頂けたと思います。

勿論、回天顕彰会として毎年開催する追悼式こそが僕にとっては一番重要な式典ではあります。

然るに、戦時中に男女や所属問わず命を落とした方々を追悼する事は大変尊いことであることは言うまでもありません。

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まして今年は戦後70年という節目の年で、来賓の方々が口を揃えて言われていたことがあります。

「平和をどうやって守るか。そして戦争の悲惨さを後世に伝えていくことが本当に大切だ。」と。

僕自身、完全な平和主義者ではありません。必要最低限のパワーは抑止力として必要だと考えています。

とはいえ、民間人に対する殺戮行為や必要以上の攻撃に対しては強い反対感情を持っています。

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少なくとも僕がここで言いたい事は2つあります。

1つは、平和を守ること=軍事力を遠ざけることではないということです。

現政権の憲法改正に関する新たな草案が話題になっていることもあり、国民の考えが二分しています。

勿論、二度と戦争には巻き込まれたくないという思いから今の動きを非難する気持ちも分かります。

実体験を持っている方々だからこそ恐ろしさを体感できているのだろうと認識しています。

ただ、当時と時代は違うことを理解しなければならないと思います。

植民地を獲得することで勢力を拡大していた当時と違い、今は米国中心の世界です。

同時に、ごく一部ですが核兵器を戦略的に利用する国家も存在しています。

何が言いたいかというと、今の日本は戦時中程の勢力は全く持ち合わせていません。

また、明らかな敵対国がいる訳でもなく、しいて挙げれば米国の敵が仮想敵国なのかもしれません。

したがって、不必要に日本の軍備化を煽っても極めてナンセンスだということです。

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そしてもう1つは、本当に平和を守りたいのならば、今の憲法賛成vs憲法反対の対立は違うのではないかと言うことです。

議論を戦わせて切磋琢磨するのなら分かります。でも、今のやり方はヘイトスピーチと何ら変わりません。

純粋な日本人であるならば、日本の将来をどうやってよりよくしていくかを考えることが大前提であって、

ただ闇雲に「これは駄目だ。あれがいい。」等駄々をこねている場合ではないと思っています。

特に気になるのは、今の若者世代がただ怖いからと言う理由で現政権を批判していると言うことです。

ろくに政治を知らないくせにその部分だけ切り取ってデモを起こしているようでは何も前進しないと思わないのでしょうか?

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戦争の恐ろしさを深く認識し、平和を追求する。とても大切なことで究極のゴールであるとは思います。

ただ、前者をいくら理解したからといって、後者を求めるがあまりに全てを拒否していてはならないとも感じています。

まだまだ僕自身、戦争時代の事は知らないことだらけです。一生掛かっても知りえないことだらけでしょう。

これからの世代の端くれとして、悲劇を自分なりに噛み砕いて血と肉にしていくことが大きな目標の1つです。

更に学んでいくうちに、葛藤を覚えることもあるかもしれません。考えが変わることもあるかもしれません。

それでも、少なくとも人に流されない、自分なりの強い意図を持って生活していければと思います。

 

P.S. 追悼の辞を述べられた方の中で、スカウトジャンボリーの話をされていました。

状況、立場は違えど世界平和という意味では通じる部分があると再認識することが出来ました。