平成30年度回天追悼式

今年で5度目の参加となる回天追悼式。 ここ2年は広島に住んでいる為プチ旅行がてら昨日から地元へ帰郷。 気付けばこの一か月で3回帰省している日々笑 ま、広島と山口の物理的距離なら問題ないというのが正直なところ。 今は会社勤めですが、ぶっちゃけ地元で生活しても今と変わらないワークスタイルを 築けるんじゃないかなと思い、僕以外の関係者がより良く進む方向へと色々思案中。 と、僕個人のプライベートな部分はさておき、今回の回天追悼式を自分なりに総括してみる。 回天とは何たるやは、過去の僕のブログをご覧頂ければざっくりな内容はご理解頂けると思います。 詳しくは、現在回天顕彰会にて書籍を販売しておりますので、ご興味のある方はお問い合わせください。 元々は戦時中に日本との戦争を経験した著者の回天を含む日本軍に対する思いが語られた内容の翻訳版です。 (ご興味がある方はgouchiyama55@gmail.comまで。) さて、平成最後となった本会は僕の参加した中で最も安定したトラブルのない式だったと思います。 何事もトラブルがありがちですが、正直過去は雨が降ったり、君が代の音がやたら遅れたり、 参加者への弁当配りの段取りが悪かったりと不備が目立つ事が多かったのですが、 今回はそれらが散見されず、私見では不満の声はほぼ無かったのではと思います。 唯一挙げるとすれば、席順の番号と次第の番号がずれていたことでそういうイージーミスは無くしましょうよと。 今回僕は広島に住んでいて会議にろくに参加できなかったこともあり大きなことは言えませんが、 事前準備の面で誰かに任しておけばはー知らん的な感じがまだ抜けていないと言わざるを得ないかと。 (来年からはバリバリやりますよ、ポンコツ気味ですが笑) 敢えて誤解を恐れずに言えば、もう僕たちは戦後というポジションから変わっていくべきだと思います。 つまり、いつまでもねちねちと被害者意識を持つのではなく、かつてこう言う事があって、大変な思いをしたという 先人たちの思いを受け継ぎ、その過去の経験を我々子孫たちがどう解釈、咀嚼して自分たちの日々に生かしていくか、 この事が大切なのではないかと僕個人的には考えています。 戦後GHQの悪しき教育によって古き良き日本が失われ、自らを卑下する情けない左派教育が横行したことに対し、 心から不愉快を通り越した憤りの塊が僕のベースではあります。 ただ、それをいつまでも引きずっている、くよくよ気にするのは時間の無駄ではないのかと。 人間は過去を学び、それを未来に生かしていくことができる能力があると信じています。 とりわけ日本人の美徳は、「誠」と表する正直で真っすぐな心を持ち、日々を生きることだと考えていて、 これこそ戦争という不幸を経た中で、諸先輩方がが現実を直視し、苦難を乗り越えて今がある。 時代の潮流に飲まれる中、明らかに不必要、いや害悪でしかなかったある種の洗脳工作もありましたが、 現代のデジタル社会の恩恵により、主体的に情報を得ることができることにより、 あぁ、日本ってこんなに素敵な国だったんだ。そしてそれは先人たちが作り上げてくれたんだという気持ちを 持つ事こそ尊いことは無いと僕は本気で思っています。 そしてこれこそ、神風特攻隊あるいはこの回天を中心とした日本の存続のために命を懸けて戦って下さった 英雄たちに対しての心からの尊敬を思う瞬間が、今日の回天追悼式でした。 年々、遺族、関係者の方々の高齢化が進むと同時に、所属する回天顕彰会の存続もあらゆる面で苦難があります。 未来を考える事は夢があって大切なことですが、やっぱり忘れてはいけないのは、昔があるから僕たちがいるという事。 終わったことはしょうがないよとか、次だよ次、って言うのは¥簡単ですが、じゃあこれが戦争だったらどうなんだろう? 勿論、そんな鬼気迫る展開を想像する事は僕も含めてとても難しいことですが、ほんの70年前には現実だったことを これから僕らの次の世代、その次の世代まで本当に引き継ぐことができるのか、いやどうやって引き継いでいけるか。 僕自身まだ独身で、少なくとも数年内には意思を受け継ぐ存在を作るつもりはないので説得力に掛ける面はありますが、 薄れていく戦争の過去を受け継いでいく為にすべきことを本気で考えていく時が今なのではないかと考えています。 編集後記: 今日式の終わりにFacebookを見た時に母校の大学ラグビー部がプレーオフ一回戦に勝利! かれこれ15年前に戦っていた身からするとあり得ないと言わざるを無い快挙です。 僕が2年目の時は純粋な現役が10人を切っていて、どうやって試合やんねんという状況で、 実際2部にも落ちた中で1部でここまでの結果を残す今の現役部員達を本気で尊敬します。 来月納会で試合をしたら殺されるんじゃないかなと思うので、引き続き筋トレに励みます笑