対価を求めないボランティアの本質性

IMG_20160903_184325   ボランティアって昔から良く耳にする言葉です。 英語で書くとvolunteerで、志願者とか志願兵等の意味になります。 「兵」という表現の通り、元々は戦争に関する単語だったようで、物流用語であるlogisticsが 兵站がそもそもの意味であることと同種であるようですね。 とはいえ、現代社会では無償で何かを行うという意味がボランティアの一般的な認識であり、 詰まる所お金という対価を受けずに第三者に何かを施すことを意味するわけです。   さて、今日僕はあるセミナーへ参加してきました。 「日本語ボランティア講座」という所謂外国人へ日本語を教える内容を知る内容です。 日本語クラブ山口が主催で、山口県国際交流協会が共催をしておりこれまで何度も開催されており、 今回初めて参加させて頂いたわけですが大変勉強になりました。   大学時代に中国語を主専攻としていたこともあり、こと外国語に関しての目線は人一倍高いと自負しておりますが、 母国語である日本語に関しては深く考えたことはありませんでした。 そんな中、セミナー冒頭の内容で興味深い内容がありました。 母語と母国語と外国語はそれぞれ意味が異なっておりそれぞれの意味が   母語は「生まれて初めて身に着ける言語」 外国語は「学習して身に着ける言語」 母国語は「地理的、政治的な規定が関わり定義しにくい」とされています。   最後の母国語が少し分かりにくいですが、例えば残留孤児あるいは日系3世のような複雑な環境の方々が該当するようです。 であるが故に、日本語を教える方々は母国語という表現をせずに母語を使うとのことでした。 現代日本のような同質社会に生きる我々には馴染みが無いですが、極めてsensitiveな部分である事が察しがつきました。   さて、講義の中で一番興味深かったのが、日本語の難易度に関してです。 客観的な評価としては、牛丼じゃないですが「並」とのことです。 難しいとよく耳にするだけに結構意外だったのですが、音声や文法はさほどでもないようです。 ただ逆に語彙や文字は難しいようで、なるほど言い回しが多数あったり漢字、平仮名、片仮名等が混在するのは 外国人からすれば極めて苦痛なのかもしれませんね。   日本語が「母語」である僕たち日本人は当たり前のように話し、書くことができますが 全く縁のない外国人が一から学ぼうとする際に出来る限り解り易く理解できるかが まさに日本語教師の神髄であり、今回少しだけですがそれを分かることができた気がします。   冒頭に話を戻しますが、ボランティアで外国人に日本語を教える事は簡単ではないと思います。 あらゆる場所に日本語教室が存在する中で、「無料」で教えるという行為は一筋縄ではいきません。 ロボットに教えるのなら別ですが、相手は人間。ただテキスト通りに教えれば良いわけではありません。 こちらが言う事を100%理解してくれるわけでないですし、少なからずイライラすることもあるでしょう。 「こんな事、やってられるか!」なんて思うことを幾度となく経験したのではないかと思います。 それでも、講師の方が言われていたように生徒が話す日本語が上手になる姿を見る事だったり その生徒たちの母国を知ることができる等何物にも代えがたい事を得ることはまさにひとしおだと感じました。   今回参加させて頂いて、今後僕は日本語ボランティア教師になるべく勉強していくことを決めました。 来週同講座の2回目がありますが、来月から開催される講師養成講座で勉強することが今から楽しみです。 様々な理由で来日する外国人が日本社会で生きていく中で「言語教育」という観点で何かしらの貢献をできればと思っています。 副産物的な要素で、生徒の言語を学ばせて頂くこともちょっと期待していたり。 目指すは5カ国語笑 あと2つか~   IMG_20160903_163220   編集後記:   TBSの日本の企画で僕の一番好きな綾瀬はるか姫が出演していてとても嬉しいです。 セカチューがブームになる前からのファンで、今でも本気で結婚したい女性です笑 それにしてもこんなほっこりできる女優さんは後にも出ないだろうなー。 しかもBGMで達郎の「希望と言う名の光」を掛けるとはさすがTBS。信頼してます!