隠居とは~「20代で隠居」を通じて~

元々自由な生活を追求する生き方をしています。 今でも覚えていますが、新卒で会社勤めをするのは仕方ないにしても、 志村けんのだいじょうぶだぁでよくあるような零細工場で働きたいなーとか 最悪バイトだけで食いつなぐのも全然アリだなーと思っていたのを思い出します笑 とはいえ、一応大企業と言われると思われる会社へ入社しました。 やっぱり周りがやれ外務省だ商社だTO○OTAだ等と盛り上がっている中で、 さすがにそこで就活しないって決めるのはかなり勇気がいるわけです。 ま、今になって思えばちっぽけなプライドがそうさせていただけですが…。 でも、やっぱり本気度が足らなかったせいか、一流航空会社の最終面接の1つ前とか 某秩父宮近くにある一流商社の2次面接とかが関の山で唯一採ってくれた国際物流企業に入社したわけです。   正直、ほんの3年で転職しない選択肢もあったわけですが、当時から体調不良だった亡き母親が気になったことと、 都会で過ごすことがどうも合わない気持ちがUターンという選択肢を取るに至ったわけです。 その決断を特に後悔はしていないですし、寧ろそこで出会えた親友達と今でも国を越える関係性があることが僕にとっての幸せです。 間違いなく死ぬまでの付き合いとなる存在を得られたことが僕にとってこの企業に勤めることが出来た一番の収穫です。   話は戻りますが、僕自身労働意欲というのがイマイチ弱い部分があります。 別に働くことが絶対とは思っていないですし、如何に手を抜いて日々を暮らすかを今でも間が手います。 曲りなりにもフリーランスという生き方を選択したのも、起業してbigになるという思いなんてさらさらなくて、 単に人から指図されずに自由に生きるにはどうしたらよいかをずっと思案してきた結果に過ぎないってことです。 とはいえ、生きるためにはそれなりにお金は得なければいけないわけで、そこだけは頑張らないといけないなと思っていますが・・・。   と、前置きが長くなりましたが、こんな僕にとって凄くフィットする書籍に出会いました。   タイトルの通り、フルタイムで働くことよりも「隠居」という自由を選んだ著者の生活が赤裸々に書かれている内容です。 週に2回バイトをして8万程度得て、その中からやりくりできて充実した生活をできるということが彼の主張ですが、まさに理想的な生き方だなと思います。 勿論、ある程度の物欲を満たしたり娯楽にお金を使ったりということにはどうしても制限が出てしまうでしょうけど、 正直そういうのって人間の生活に必要ないことが殆どなんですよね。 著者が物を買う上で、欲しい、欲しくないのではなく必要かそうでないかを基準に考えていることがまさにそれを表していて、 本当に必要な物って極端に言えば食べ物と最低限の衣類だけなわけで、変に着飾ったり見栄を張るのも本来必要じゃないってことだなと。   僕自身もさっき述べた通り、がつがつ稼ぐ経営者なんてなりたくなくて、とりあえず生きるために何かやるけど頑張るのめんどくさいなって毎秒思ってます。 なので、仮に雇われる立場になってもそれなりに自由だったらまたそっちに舞い戻ることも厭わないですし、それもまたありかなぁなんて考えてます。 著者が言う「隠居」という生き方を僕が遂行できるか否かは別として、一所懸命会社勤めをし続けるっていうことだけ避けられればOKだと思ってます。 でもまぁ、こういう考えをしてると真っ当な人間の人生って歩みにくいんだろうとは思ってます。恋愛とか結婚とか育児とか・・・。 まぁ、恋愛に関してはそこそこしてきたものの、責任が絡んでくる後者の経験は無いので下手なことは言えません。 ただ、これも今回のテーマのように会社人生を歩むことが当たり前である事と同様に、 わざわざ「他人」と結婚して家庭を築くことが当たり前ということに疑問を持つことは間違っていないと思います。   編集後記:今日はバイト明けから近くの施設に住む祖母を連れて精神科の病院へ出向きました。 病院という媒体は根本的に嫌いですが、この精神科に関してはちょっと違う印象を持ちました。 患者の感情を会話を通じて引き出していってよりよい選択肢を見つけ出すということ自体は、 所謂西洋医療にありがちな決めつけとは違うアプローチだと思います。 僕の祖母は90を過ぎているのですが、そんな中で自分の娘が先に亡くなってしまった現実は本当にしんどいことでしょう。 親より先に死ぬということはやっぱり計り知れない苦しみ、悲しみがあることだと思います。 僕自身、本来は母にするはずだったことを代わりに祖母にしてあげることで、少しでも母が喜んでくれればいいかなと思ってます。