顔の「見えない」ビジネスの成長と限界

インターネットが創り出したコト。数えきれない程あると思います。

ワンクリックで商品を買えたり、興味を持った情報を仕入れたり、商売のツールにだってなります。

では、その利便性の裏にあるモノが短縮化(削除とも言えます。)されました。

Face to Faceで他者と交わる時間です。一昔前であれば商店へ行って商品を買ったり、解らないことがあれば親や人に聞くことが当然でした。勿論、それらが完全に無くなることはないとは思いますが、比率は低くなっていくことは間違いないと思います。

誤解を恐れずに言えば、他人と交わらず独りになる時間は大切というのが大概の人の本心だと思います。朝は会社に出掛けたり、近所のスーパーに買出しに行く。午後からは得意先への営業だったりパートをこなす。そして夜は家族でご飯。常に誰かと接しているように感じます。

インターネットを駆使することで、極端に言えばかなりの部分を自分だけの空間でこなすことができます。食べ物はAmazonで買えばいいですし、勉強なんてのもオンラインでできてしまう。僕もその端くれですが、ネットを商売にすればパソコン1台で全て済ませることができる。

さて、何故僕がこんなことを述べていると思いますか?勘のいい人は、ここからその否定的見解に入るだろうと分かったと思います。(まぁ、タイトルで分かっちゃいますけど笑)

先日ショップのお客様から厳しいご指摘を頂戴しました。正直なところ、かなり凹みました。元々こちらに落ち度があるわけなので、何も言い訳ができませんが、元々精神的に少し落ちていたのでその日は食事が喉を通りませんでした。

その叱咤はメールを通じてのものでしたが、メールの攻撃力って想像以上の物なんですよね。人から直接会ってぼろくそに言われるのも勿論きつい(かった)ですが、それと大差ない。いえ、文字が残る分却って引きずるかもしれません。

何が言いたいかというと、僕を勿論多くの人はネット社会の中で忘れつつあることがあります。

人への感受性

分かりやすく言うと、相手のことを考えずに自己中心的になっているように思います。僕の場合で言えば、その件は頭にはあるけれど、負い目があってメールを返信せずに放っておいてします。時間が解決するなんて都合のよいことを利己的に考えるものの、そんなわけはなく余計状況は悪化する。言うなれば虫歯と同じですね。余談ですが、病院は基本的に不要だと思っていますが、歯医者だけは例外だというのが僕の持論です。歯だけは自分の努力ではどうしようもない場面が起こりうる。そう思っています。

話を戻しますが、昔だったら多くの人と対話をしていく中で多くの事が前進してきたのに対し、今はその必要がないことが多い。これは結果的に、人を軽視するマインドへと繋がる危険性があるのかもしれません。

そもそも僕自身がそういう感覚になってしまっていたわけで、このようなことを彼処ぶって述べるのは格好悪いことなのですが、自身への戒めを含めて恥ずかしながら今、書いています。

更に悪かったのは、僕が最近から務めさせて頂いているふるさと大使の事務局へその件でのクレーム電話が入ってしまったということです。僕だけが非難されるだけならまだしも、少なからず僕の件で周りを巻き込んでしまったということを心から恥ずべきことと思っています。

今まで本気でこういう感覚を覚えたことがなく、今回のトラブルを通じて他人と繋がることの重さを心底理解することができました。それは、日々のお客様への対応の大切さと、問題発生時に他者を巻き込む重さの両面です。

インターネットの習慣化で朽ちてしまった感受性を、現実での体験で取り戻そうというのが今の僕の課題なのかなと思っています。まだまだ未熟で利己的な部分が多く、改善点は沢山あります。今回お客様から勉強させて頂いたことを忘れずに頑張っていければと強く思っています。

纏めとさせて頂くと、インターネットはこれからも成長し続けること以外あり得ない、勃興するバーチャルと減退するリアルの狭間にいるヒトがヒトとしてどうやって生きるかは永遠に答えの出ない課題だと感じます。こんな時代に生まれなければ良かったなんていう声が出ない世の中であり続けてほしいなと思います。

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