外国語を話す⇆自国の事を知る

観光大国を目指す日本において、現時点での国民の語学力というのは決して褒められる水準では無いと感じます。例えば外国人から道を聞かれてどの位の人がきちんと説明できるでしょうか。恐らく身振り手振りを交えた曖昧な伝え方になって理解してくれない場合も多いのでは無いでしょうか。

勿論、完璧な語学力は必要ないでしょう。僕自身も海外旅行時に何かを尋ねても現地の人から返ってくる答えは別に流暢なものではないですし、そこまで求めてもいません。最低限の情報を伝えるという意味では、日本が極端に語学(英語)力が劣っているわけではないかもしれません。

ただ、1点大きな違いがあると思います。

「自国の、地元の事をどれだけ解っているか。」

これは日本の戦後教育に原因があると個人的には思います。日本の歴史や地理に関して偏向ある教育がなされ、改定も適切な頻度でなされなかったことが災いし、通り一遍の知識しか習得できない国民ばかりになりました。具体的に言えば、世界情勢等には詳しい割に自国の近代以降の歴史だったり、各地域の特色等をそれほど知らないという現実があるように感じます。

対して海外の人達というのは、僕達の思っている以上に自国のことを解っていて、そして誇りを持っているという印象があります。例えば中国人にしても急速な経済発展の効果も相まって、自分達のライフスタイルに大きな自信を持って暮らしているという印象です。そして一方では、中国四千年という程これまでの歴史も自分達のアイデンティティとして息衝いていると感じます。

要するに、日本人に欠落している点は、自分達の事をもっと知り、それを海外に伝えていくことだと思います。インターネットが当たり前の現代では、仮に教育で学べなかったりしたことも検索すれば大抵のことは出てきますし、中には教育自体が間違っていたという現実にも直面します。間違い自体は良くないことですが、主体的に調べて、自分の血と肉にしていくことはとても大切なことだと思います。

タイトルに書いた外国語を話すことと母国を知ることは全然関連しないと思いきや、実はリンクする(べき)点が多いわけです。

2019年はラグビーのワールドカップ、そして2020年はオリンピックが日本で開かれます。今後も日本を訪問する外国人は増え続けることは間違いないと思います。僕は先日からある勉強を始めました。通訳案内士という資格習得の為に英語、中国語と歴史、地理の再勉強なわけですが、一筋縄ではいかないというのが正直な感想です。例えば英語だとTOEIC840点以上あれば試験が免除になるようなのですが、学生時代でもそのスコアは取れませんでした。中国語もまだまだ水準が低く、今年はさすがに受ける資格は無い状況です。でも、魅力ある日本を伝えていくという使命を持つことの意義深さは大変大きな事と感じており、翻って「日本や地元の事をもっと知る」事の大切さも忘れずに生きていければ良いですよね!

今年から放映中の花燃ゆ。私の郷土である山口県が舞台なので毎週興味深く観ています。現時点では盛り上がりが少ないこともあって評判はイマイチのようですが、近代日本の黎明期の中心であった長州藩の軌跡を学んでいければと思います。

編集後記 昨日以前の職場の後輩の住む町に行き、6年ぶり位に呑みました。将来的なビジネスの話や親の話等良い時間でした。あまり酒が強くないので僕も抑えめだったことが幸いしたのか普段より記憶していることが多い…。今後はセーブ気味を心掛けようと感じました!

 

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