東京と20代の自分、そしてこれから。

本当は東京でずっと過ごしたかった。僕の本当の気持ちです。

大学は府中とはいえ東京。新卒で勤めた企業は千葉の成田とはいえ、東京は目と鼻の先。

正直、大学から社会人3年目時代までの約10年間はマジで楽しかったです。

僕の能力では入れないような大学での4年間や大学、社会人時代で一生涯の友人もできた。

東京という場所で過ごした時間が今の自分を創っています。

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両親の事情もあって地元にUターンしましたが、これはこれで良いとも思ってます。

好きな時に仕事をして、ランニングして、農業して、まさに自由、フリーダムです。

地元でずっと会社勤めという選択肢はあり得なかったので、勢いだけで独立して丁度1年。

色々なトラブルも経験していますが、どうにかこうにかやれています。

でも、やっぱり東京の時間を思い出したくなったので書き記してみます

 

2002年2月。一発目の私立大学を受けるために上京。そのまま荻窪のレオパレスに約1ヶ月過ごしました。

僕の両親は共に東京の大学におり、特に母は音大だったこともあって東京大好き人間でした。

その影響もあって、人ごみが大嫌いな人間が何故か東京の大学(東大ではない)を目指す始末・・・。

 

そんな中、今でも覚えていることがあります。

 

そのレオパレスで真っ先につけたのはラジオでした。丁度14時過ぎです。

どうにか大好きな歌手のラジオをタイミングよく聴く事ができました。

さて、その歌手が誰かと言うと、山下達郎さんです。

元々奥さんである竹内まりやさんの曲にはまり、その後旦那にはまりました笑

今では20年来の達郎フリークなわけですが、あの時の記憶は鮮明に覚えています。

 

ただでさえ心細い中、がらんとした1人部屋。

真横にファミマがありましたが、さすがに入り浸るのも妙。

自分の部屋でRelaxして達郎のラジオを聴いたあの瞬間から僕の東京生活が始まりました。

 

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各私大、外大前期全滅という予想外?の状況もあって暫く実家に戻りました。

そして友人達と少し遊んで再度捨て身で望んだ外大後期。まさかの合格!

今だから感じるのは、この最後の勝負の前に数週間とはいえこの街を過ごした経験が大きかったと信じています。

 

入学してからの4年間は殆どラグビー漬けでした。

下手糞とはいえサボるわけにも行かないので、週約5回の練習+飯とか飲み。

専攻の中国語は今でも素人に毛が生えた程度ですが、大学では語学ではなく人間関係を学ぶことができたと思っています。

 

その国際際物流の企業で約3年間輸入営業の担当。今となってみれば本当に貴重な経験でした。

一生涯の友人を得たこともそうですが、今の僕の仕事である輸出入のビジネスに於いて、あらゆる面で生きていると感じています。

唯一の後悔は、その頃お付き合いしていた方への態度をもっと真剣に考えるべきだったこと。

タイミングが大事とはよく言われますが、個人的には最後の婚期を逃したのかなと今でも思っています。

 

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とはいえ、貴重な人生経験を得ることができた、それが僕の20代でした。

何をしたかと言えばラグビーと酒しか思いつきませんが、確実に最高の10年間でした。

多分、死ぬまで忘れないでしょう。

 

さて、今や32歳。年々年を重ねるのが早いと心から感じます。

気づけば多くの友人が家庭を持ち、新たな道を歩んでいます。

彼らを見て本当に素敵だなと思うと同時に、僕はそのタイプではないなと最近思い至りました。

 

結婚には向き不向きがあると思っていて、僕はそれに適合する存在じゃないなと。

我侭で我が道を行く人間が人と一緒になっても良いことは無いだろうなと感じています。

 

長々と書いてきましたが、東京での経験無しには今の僕は存在しないと思います。

お世話になった方々へは本当に感謝あるのみで、よい方々に恵まれました。

 

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これからの残りの人生。どう歩むかは自分次第ですが、培った経験と知識を活かして

前進していければと思っています。