
結論から言うと、僕は異性の他人と同じ空間で死ぬまで生活することはできないと思っています。
言い換えれば、月日が流れるどこかで100%関係が破綻すると思います。
たとえ相性がすこぶる良い関係だったとしても、「慣れ」は絶対に起きてしまうわけで、
そうなった時に僕はパートナーの全てを許容する程心が広くないだろうと考えています。
ただ一つだけそれを防ぐあるいは軽減する方法があるとすれば、子供を作ることでしょう。
子供が居れば、良くも悪くも生活の中心に子供が位置づけられるわけで、
そうすると夫婦間の軋轢も軽減される可能性があると感じているわけです。
ただ、それは裏を返せば結婚の目的や意義が無くなってしまう事にもなるでしょう。
そもそも結婚とは以下のように定義されています。
2はさておき(こっちが本音ですが)1が本来結婚とは何たるやを表しており、
その「愛の結晶が子供」であるというのが自然の流れだと思います。
言い換えれば、子供欲しさに結婚をする事は将来的な問題を含んでいるとも考えられます。
ただ、誤解を恐れずに言えば、子供無しのリスクを持って結婚する事程危険な事はありません。
冒頭の繰り返しになりますが、仮に好きな者同士で結婚したとしても死ぬまで上手くいくわけがありません。
夫婦2人の生活だと家庭の話題の殆どが自分達になってしまう為、衝突するリスクが確実に高まってしまう。
子供がいればそっちの話題が中心になるので、喧嘩なんかしている暇が無い事にもなるでしょう。
従って、子供無しで結婚生活を選択する余地は無いというのがここまでの持論です。
ただ、最近多いのが夫の定年退職後の離婚です。
夫の定年退職で起こりやすいのが「夫婦の考え方や行動の亀裂」です。
これまでは仕事で家を留守のする事が多かった夫が、退職と共に在宅する時間が増えると夫婦仲に溝が入りやすくなります。
その結果、お互いの新たな面を発見して嫌気が指すというパターンです。
熟年になって朝から晩まで顔を突き合わせて暮らすというのは意外に苦痛なものなのかもしれません。
「亭主元気で留守がいい」と言うのは言い当てて妙であると改めて感じる次第です。
夫側、妻側それぞれ言い分はあるでしょうから不貞行為、金銭問題等余程の理由が無い限りはどちらが悪いとは言いにくいです。
究極のところ、「老後は自分の好きなように生きたい」という強い欲求が大きいのだろうと感じます。
それに「介護」の問題とか考えたら結構ぞっとする人も多いのではないでしょうか。
ここまで記事を書いていて思うのですが、やはり僕は結婚する意義を見出せません。
今まで自由に生きてきた生活に大きな制約を受けてまで他人と一緒になるメリットは何なのか。
20代の頃のように若ければ「相手の事が好きだから一緒になる!」なんて甘い考えもあるのでしょうが、
この年になるとかなり現実的に考えざるを得ず、もし天秤に掛けても片方が完全に振り切れてしまいますね…。
AIが発達して人間型ロボットが開発されたら是非とも購入したいなぁなんて考えたりしています。

編集後記:
1ついえることは、子供はとてもかわいいと言う事です。それは人の子であってもです。
ここ数年ボーイスカウトを通じてどちらかと言うと苦手だった考えが一新したように思います。
兄弟もいない僕にとって、年下というのはどこか距離を置いてしまう対象で、
まして2回りも離れているような子供達は未知の領域でした。
が、慣れというのはすごい事で(ここでは良い意味)、今回も川であほみたいに水を掛け合ったり、
ラグビーをしたりして楽しむことができたと思います。
勿論、テントの設営や料理等教育的側面も散りばめられていることは付け加えておきます。
その後実家に寄って飯を食ってから住まいに戻ってきたのですが、どこか空虚感があります。
近いとはいえ、やはり故郷を離れる事のストレスが今自分に掛かっているのは事実。
先月から住み始めたマンションが2年契約ですので、この2年の間にビジネスを大きくする礎を築き、
レベルアップした形で戻れるように頑張ろうと思っています。
(ここだけの話、今の環境は僕には合わないことが良く分かりました苦笑 仕事だからしゃあないけど…。)


